そう、私は冷静とも恐怖ともとれる感情に支配されながら、意識が次第に薄れていくのを感じていたのだ。
「……ということがあり、後はやる事はやったけど組織の変革は叶わなかったので、抜けて現在に至るってわけ」
私の過去の経緯を静かに聞いていた小次狼さんは一息置いたのち、自身の手に持っていたグラスに注がれた白ワインをぐいっと飲み干す。
「……そうじゃったか。が、その話が本当なら嬢ちゃんもバンバイヤになっているはずでは?」
「そこなんだけどね。私の場合エルフの中でも特異体質だったみたいなんで、今のところ髪の毛の色が銀から紫に変色しただけなんだよね」
実際に今こうして真昼間の中に太陽の光をおもいっきり浴びれてるし、そもそも孤島ブリガンに漂流した時も当然海水に浸かってるてたしね。
私は霧やコウモリに変身出来ないし、非力のままだ。
だからか他のバンパイヤと違って、私は血を飲む必要もないし普通に食事して事足りている。
(なんというかその、私ってエルフとしてもどうしようもなく欠陥だらけなんだよね)
「おそらくだけど、私の場合魔法が使えない事が起因していると考えてるのよね」
「なるほど、特異体質による魔法や呪いの遮断か」
再び、私自身の空いたグラスに白ワインのおかわりを注ぎつつ頷く私。
「そもそもバンバイヤって何?」って話になるけど、この世界では「暗黒神の呪いみたいなもの」って聞くし、正解はバンパイヤの始祖かパンパンヤに詳しい人に聞くしかないかなって思っているのよね。
(ま、正直今はどうでもいいかな)
それはさておき、小次狼さんにも秘密にしているが、実は私成長が15歳から止まったまんまだ。
(元々エルフ自体長寿なんで、気づきにくい内容ではあるんだけどね……)
更には、何故か他人の言っている内容が嘘か本当か分るようになった。
(おそらく長から噛まれて得た能力だとは思うけど……)
なんにせよ、エルフとして欠陥だらけだった私はこれらの事を「長所が増えた」とポジティブにとって生き抜いてきた。
で、話を過去の話に戻すが、色々とイレギュラーだった私は幸か不幸かその後も長に気に入られ、結果組織のナンバー2として君臨することが出来た。
(結局組織の内容は長が変わらない限り変えられなかったので、断念して抜けちゃったんだけどね)
組織をある程度自由に動かせ【世界をまたにかけた怪盗】はそれなりに楽しかったけど、何回か死にかけたし流石に私も死にたくはなかったから。
希少品を売っての豪勢な生活も楽しかったが何よりも命が大事であるし、死んだら元も子もない。
そもそもがすぐに組織抜ける事は出来る環境じゃなかった。
誰を恨んでも解決する内容でもないし、強く今を生きるしかなかった。
だから血の滲む努力をして、剣技を鍛え抜き、選美眼や交渉術を磨き抜いた。
ただ、それだけの話。
決して自慢する程の内容じゃない。
「で、嬢ちゃんは昔の事を悔いておるのか?」
「んーそうね……。元々親の顔を見てないで育っているし、難しい環境ではあったしね……」
私は手に持ったグラスに入った白ワインをちびりと口に含む。
「今こうして楽しく生きれているし、昔の経験が活かせている間違いないから……ね? 小次狼さん?」
私はワイングラスを片手に小次狼さんに向かって片目をつむり、ウィンクして見せる。
「はは……強いな嬢ちゃん! それでこそ我がパートナーじゃ!」
私と小次狼さんは互いに、ワイングラスを軽く合わせそのまま白ワインを美味しく飲み干す。
そう、別に私だけが辛い過去を持っているわけじゃない、小次狼さんだってきっと色々とあったはずだ。
(一国の忍びの統領だったら尚更……ね)
それに私達だけじゃない、他の皆も更には組織の死んでいった人達だって……。
それを考えれば別に私の不幸なんて大した内容じゃない。
私の持論から言わせてもらえば「生きていれば勝ち」なんだよね。
「お、そろそろ時間になりそうなんで頼まれた品を届けに行こうかの?」
小次狼さんは白壁にかけられた金の装飾時計に目を向け、軽く催促するように頷く。
「うん、じゃ行こ!」
てなわけで、私と小次狼さんは仲良く肩を並べ、悠々と領主の部屋へ進んでいくのだ。
……そんなこんなで数か月がたったある日、ここはイハールの屋敷のとある作業部屋。 あきらかに私の作業部屋よりも広くいろんな道具が揃っているこの場所は、今では私達の新しい作業部屋になっていた。 木目の作業机の上には片手ハンマーやピンセント、宝石や魔石を研磨する道具などが置かれているのが散見される。「クロウ、これどう?」「うーん、形はいいですけどあまり魔力は含まれてませんね……。明らかに2級品の魔石です」 クロウは残念と言わんばかりに深いため息をつく。「うーん、じゃ、次これは?」 作業エプロンを着た私とクロウは仲良く横並びに座り、魔石の仕分け作業を黙々とこなしている最中だったりする。「失礼します!」「嬢ちゃん達帰ったぞい!」 そんな最中、部屋に響き渡るはドアを開けし、聞き慣れし2名の声!「待ってました!」「2人ともいいの取れました?」「ほっほっほ!」「ふふ……」 不敵な笑いを浮かべながら、背に背負っていた大きめのリュックをえいやっと地面におろす小次狼さんとドラグネオン。「ほれ! どうじゃ!」 小次狼さん達がリユックから取り出した握りこぶし大の魔石の原石達。 形は歪であるものの、それはまるで太陽の如く真っ赤に輝いていたのだ!「な、なんて、す、凄い量のマナ……!」 クロウは感激のあまり思わず席を立ちあがり、目を輝かせている模様。「立派なもんじゃろ? それらはドラグネオン殿が全て探知してくれたものなんじゃよ」「へ、へえええ……?」 私は真紅に輝くそれらを値踏みしながら、どんな細工品にしようか頭を巡らせていた。「そっか、ドラグネオンは雷のマナの扱いにに長けているから! 体力もありますし、一流の採掘屋として活躍できてるじゃないですか! 凄いです!」「そ、そうなのだが私
……という事で、それから数時間後。 ここは例のブリガンの肉料理屋さん。「いやあ、あの時の小次狼殿の刀技は見事でしたな……」「いやいや、ドラグネオン殿の剣技こそ見事なものでしたぞ!」 それぞれ服装を整えた私達は、各自好物の肉を美味しくいただきながら木椅子に腰かけ、談話していた。「まあ、なにはともあれめでたしよね……」「そうじゃな」「ですね……」「うむ」 私達は各自ビールを飲み干し、そっとテーブルにマグカップ置く。「あっ! ところでイハールさんの件は?」「ああ、それはイミテーションブルーが次の満月に『魂の入れ替えの儀式』がレクチャーしてくれるらいよ?」「な、なるほど! 例の隠し部屋の本にもそれらしきものが色々ありましたね!」 クロウは満面の笑みを浮かべ、コクコクと頷いてますが……。「クロウ、やはり貴方……」「……え、ち、違いますよ? そ、そんなんじゃないんですって!」 クロウはその可愛らしい顔を赤み肉より真っ赤にし、目を躍らせ慌てふためいているが……。(なんというかその、分かりやすいよね……) クロウの場合、仕事でも繋がりが深かったし色々惹かれるところがあったんでしょう。「……ね、ね! クロウは青年のどんなところに惹かれたの?」 私はクロウの顔を覗き込き、すっかり赤くなっているその頬をツンツンとつついてみる。「ち、ちがっ! あ、そ、それよりもリッチー=アガンドラがいなくなった今、組織はどうしましょうか?」「え? そりゃ、私はもう関係者ではないんだし、貴方達上位幹部が好きに決めたらいいんじゃない?」「……そうはいかない。と
「う、うわあああああああああああああ……! い、嫌だっ! 我はまだ死っ……」 リッチー=アガンドラはあっという間に燃え上がり、たまらず絶叫を上げのたうちまわっていますが……?「え、ええっ! ち、ちょっと本当に大丈夫なのこれ?」 そんな私の心配をよそに、紅蓮の炎が消えてなくなったそこには仰向けに倒れているブラッド青年の姿が見えた。『な、大丈夫だろ? ユグドラのマナがフェニックスの力を借りてリッチー=アガンドラの魂を浄化しただけだしな』 なるほど、確かに何故か青年の服は燃えていないし、これには納得せざるを得ない。(それはそうとして、問題はここからどうやって逃げ出すかよね……) というのも、リッチー=アガンドラを滅した事により、奴の作り出した虚実空間から現実世界に戻ってこれたのはいい。 けど問題はここがエターナルアザーの本物の訓練部屋であるという事実。 早い話、奴の部下が大量にいるだろうし、まだ油断が出来ない状態であるからだ。『なあに大丈夫、今の君なら私を通してまだ魔法が使える状態にある。それがどういう事が聡い君なら分るよね?』『あっ! なるほど……!』 て事で、謎の力が満ちている私はブラッド青年を軽く背負う。『じゃ、後の詠唱はお願いね!』『心得た』 再び私の体を借りたイミテーションブルーはレッドニードルに残ったマナを使用し、高速詠唱テレポートを唱え、あっという間にブラッド青年の部屋に無事舞い戻る事になる。「あ、きたきた! やっぱり無事でしたね!」 意識と視界が戻ると同時に、聞き慣れた元気な声が正面から聞こえてくる。 彼女は人懐っこいワン公のような笑みを浮かべ、私に向かって歩んできた。 大きな垂れ目に流れるような黒毛、うん、間違いなくクロウだろう。「ふむ、流石嬢ちゃんとと言いたいとこじゃが、儂の方が早かったの?」
『これで色んな準備は整った。後は私が言う通りにするんだレイシャ』『え、私が?』『そう、これでまたレッドニードルに血液を捧げれるだろ?』 『……あ、ああ、なるほど!』 そんな会話をしている間にリッチー=アガンドラはなにやら高速詠唱を唱えているが?「う、ううっ! な、何故だっ! 何故私の呪文が発動しない? ま、まさか? 今の血を吸ったのは……」「ご名答、なんせお前は転移魔法が使えるからな。血を吸うついでに少しマナの回路をいじって呪文の発動を封印させてもらった!」「く、くそっ! くそおおおっ!」 悔しさのあまりリッチー=アガンドラは己の両手の拳を力強く握りしめ、声を張り上げ叫ぶ!(あ、そっか! 奴に逃げられたらブラッド青年の体を取り戻せないもんね) 流石長、一手で相手の複数の行動を制限し、かつこちらに凄い有利な状況を作ったし、やる事が凄い。 で、体の主導権が私に戻ってきたので、早速だけど早々に決めさせていただく!「私の血を吸いなさいレッドニードル!」 私の言葉に反応し、胸元のペンダントは真紅の輝きを放つ! で、いつものように手に持っていたレッドニードルの柄の部分から、まるでバラのツタのようなものが発生し、それらは蠢きながら私の腕に巻き付いていく!「つ……!」 分かってはいるけど相変わらずこの感触と痛みには慣れない。 『で、ここからどうするの長?』『これで君が呪文を使える状況は整った! 後は私の言葉を追って呪文を詠唱してくれ!』『うん、分ったわ!』『聖なる大樹よ。我が声に応え、そのマナをこのレッドニードルに納めたまえ!』 私はレッドニードルを自身の胸元にそっと携え、イミテーションブルーの後追い詠唱を始める。 「聖なる大樹よ。我が声に応え、そのマナをこのレッドニードルに納めたまえ!」 すると私の声に応え、不思議な事にレッドニードルの刀身が鈍
「クククク、どうやら術が完成したようだ。どうやらこの勝負、私の勝利のようだ! さらばだレイシャ!」 リッチー=アガンドラは不敵な笑みを浮かべ高笑いをしている。「いでよ絶対零度の支配者にして、氷の女王よ! そなたの力を持ってして我が敵を氷塊と化せ!」 リッチー=アガンドラの額のサークレットから力ある言葉が放たれ、私の目の前に全身氷のマナで覆われた『氷の女王』が顕現する! 見た目は透き通った華麗な氷の貴婦人……。 だが、それはまごうことなき死の代弁者。 その氷の女王は残酷なまでの冷笑を浮かべ、私に向かって静々と歩き静かに『死の息吹』を吹きかけたのだ……。(さ、寒い! いや、そんな感覚すらも生ぬるいこの冷たさ……) 私は遠くなっていく意識の中で、咄嗟に例のメモ紙を懐から取り出し静かに握りしめる!「……ふふ、ふふははは! レイシャよ! 流石に絶対零度の死の息吹の前ではなすすべなしであろう!」 リッチー=アガンドラの嘲笑が響き渡る中、パキリ……と何かが壊れる生々しい音が私には聞こえた気がした。「……ははは、は、はあっ?」 リッチー=アガンドラの嘲笑はピタリと止み、今度は目を大きく見開き驚いている模様。 そう、奴が驚くのも無理もない。 私は肌の表皮が少し凍っただけで、ほほ無傷の状態で何事も無いように立っていたからだ。「ば、ばかな? 何故、何故我の最高の氷魔法を食らってお前は無事でいられるんだ? 貴様っ!」「……それはこれのおかげ」 私は手に持っていたメモ紙を開き、奴にそれを見せる。「女神の姿を形どった銀の指輪っ! しかも虹色の魔石が埋まっているだとっ! ま、まさかそれは……?」「そのまさか、超希少アイテム『身代わりの女神の指輪』よ……
「ふふ、これで良しと……」 よく見ると額に青い魔石のサークレットを身に着けている。 リッチー=アガンドラは無駄を嫌う冷静な軍師タイプ。 だからこの行動にも絶対に意味はあるはず!『長ッ、ちょっとあれは何?』『まずいな……。あれはリッチー=アガンドラの隠し玉の1つ、「零口のサークレット」だ』『ええっ! ど、どんなアイテムなの?』『結論から言うと、呪文を2つ同時詠唱出来るようになる壊れアイテムだ。詳しく説明すると、もう1つの意思を持ったリッチー=アガンドラの口が出来たわけだ』 『ええっ! で、でもそんな神アイテムがあるなら何故はやく使わなかったんだろう?』『あれは希少な消耗アイテムで、奴のお気に入りのコレクションなのだ。あれを使わせたという事はレイシャが奴を追い詰めている証拠さ』『なるほど、ポジティブ思考でいくとそうなるわね! じゃ、そうとわかればトドメを差しにいかないとね!』 私は再び呪文を詠唱していくリッチー=アガンドラに向かって、容赦ない斬撃を繰り出す! ……なるほど、リッチー=アガンドラの周囲を覆う水色に光る魔法防御壁が次第に薄くなってきている!「もう貴方の魔力も尽き欠けているわ! 観念しなさい! リッチー=アガンドラっ!」「く、ぐうっ! 魔法の完成はまだかっ!」 声からもリッチー=アガンドラが狼狽えているのが分る。(そっか、オートで自立して魔法を唱えるアイテムだからリッチー=アガンドラ自体もいつ何の魔法が完成するかわかんないんだ! それに本体は魔法防御で手いっぱいなのかも) となれば、今が絶好の機会っ!「も、燃えよ! レッドニードルっ!」 私はふらつきながらも気合を入れ高らかに叫び、力強くレッドニードルを握りリッチー=アガンドラに斬りかかっていく!(……よくよく考えると、このレッドニードルって不思議よね。そしてこの刀身に宿る炎のエネルギーって、